CASKE2000


The Pech General Information

ペチの人々について

彼らぺチの人々は、自分達のことを「ペチ」と呼ぶ。(ラテンアメリカ人は、彼らを「Payas 」や 「Payitas」など軽蔑的な呼び方をする。)ペチの意味は「人々」だが、それは、彼らにしか通用しない。また彼らは、他の人々のことを「ペチ・ハクア Pech-Hakua」(「他の人々」の意)と呼んでいる。

もともとは、ラ・モスキチアのホンデュラス沿岸に住んでいたのだが、スペイン人の征服者やミスキート族の人々に追われ、数千人もの人々が死に、そして他のぺチの人々は熱帯雨林の奥へと逃げていった。

今日、約1500人いるペチは、9つのコミュニティに分かれている。90%は、Olancho地方の更に内陸部、主に Dulce Numbre de Culmi やSan Estebanの町に住み、残りはColon地方や Gracias a Diosに住んでいる。プラタノ、ワンプ、グランデ、ティント、クヤメル、そしてパツカ等の川が自然の境界線となって、ペチの領域をかたどっている。そしてまた、川は彼らの農業、交通、商業のために重要な役割を果たしている。

ペチは、民族、経済、社会的差別に苦しんでいる。1985年、彼らは伝統文化の存続や、ぺチが独自の文化、言語、歴史を持つ1つの民族だと政府に認めさせるため、「土着の民族ペチ連盟」を築いた。1985年より、彼らの人権と文化存続のための戦いが続いている。
伝統的には、Casiqueと呼ばれる村長を中心とした議会によって、村々が組織されていた。しかしながら今日、ペチは政治的な問題に直面し、ホンデュラス政府から正式に認められやすいよう、議会を政治活動組織の中心として再編成した。現在各民族議会は、大統領、副大統領、秘書、大蔵省e等から組織されている。それは伝統的なCasique制度より、力を付けたように見受けられる。

今日、現代のラテンアメリカ社会に同化していき、異民族間での結婚も増え、純粋なペチ人口が急速に減少している。半分以下の人々しか、彼ら独自の言語を流暢に話せない。言葉を失えば、文化さえもすぐに失われてしまうだろう。

このままペチの努力をサポートする手だてが講じられなければ、現在の世代が最後の「ペチ」になってしまうかもしれない。


英語版オリジナルテキストThe Pech General Information

訳:白波瀬 希美子    更新日 : 2000年 8月

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