CASKE2000

GARIFUNA

ガリフナの人々

文:ジョンフィリップ・スレ1998


  中央アメリカのカリブ海沿岸に住む黒人社会は、一般にガリフナもしくはブラック・カリブと呼ばれている。そもそも彼らは、自分たちのことをガリナグと呼んでいた。彼らはこの3世紀の間に移住と定住を繰り返し、アメリカン・インディアンやイギリス人、フランス人、スペイン人との交流が多くあったにもかかわらず、二つの祖先からなる文化を保持してきた。ガリナグは、カリブ族とアフリカからの黒人奴隷の子孫にあたるのである。
  カリブ族はもともと南アメリカの先住民族で、彼らはアラワク・インディアン語を話し、カリブ諸島に定住する為にベネズエラのオリノコ川周辺のジャングルを離れたと言われている。カリブ族は様々なカリブ諸島に移ったと言われているが、後にヨーロッパ人に土地を追われ、ドミニカとセントビンセント島にしか残ることが出来なかった。

  1635年、西インド諸島に奴隷を運んでいたスペイン船がセントビンセント島近くで難破した。難を逃れた奴隷達は、カリブ族に歓迎され助かる事が出来た。そして、もともと島に住んでいたカリブ族とアフリカから運ばれてきた黒人奴隷との間で混血が進み、ガリナグ族(今のガリフナ族)を生む結果となった。
  ガリナグ族はアラワク語を話し、フランス人との交易ができたドミニカとセントビンセント島に残っていた。しかし、1795年イギリス人がさとうきび農園を始める為に島を制圧し始め、1797年にはイギリス人に捕らえられたガリナグ族は黒人奴隷と共にホンジュラスのロアタン島に移されることになった。そして彼らはロアタン島からホンジュラスのトルヒーヨへ移り、ベリーズから始まりホンジュラスやニカラグアのカリブ海沿岸に定住した。

  1974年の調査にはガリフナ(ほとんどがホンデュラスのカリブ海沿岸に住む)の人口は77,000人あまりであるということが判明した。彼らの言葉や農業の手法、宗教は、アマゾンの民族に似ている面があるが、一方で踊りや太鼓の音楽、その他芸術的なものは彼らのもう一つの祖先であるアフリカの影響を色濃く受けていることが伺える。
  私達は様々なガリフナ社会での体験と彼らの日常生活を記録しようと思っている。アフロカリビアン文化を私達と一緒に発見しよう。

ガリフナ族の文化や歴史に関しての詳しいお問い合わせは Garifuna World サイトまで。

カスク2000チームリーダ:Jean-Philippe Sule  ジョンフィリップ・スレ

日本語訳: 長谷川 詠子    更新日:1999年5月24日

フォトギャラリーメイン・最新情報トラベル|先住民族ページIndigenous People

カスク2000Englishページトラベルフォトギャラリー